読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

自分を変える日記

どうすれば人は変われるのか?をテーマに、日々の実験結果を書きこんでいきます。

会社を辞めたニートの典型的な1日

こんにちは、すだちです。

 

社会からドロップアウトしてはや1年が経とうとしているわけですが、

ニートってどういう生活してんの?

なんてことが皆さん気になるんじゃないかと思います(気にならない?)。

 

この1年の間、2週間〜1ヶ月ごとに国内やらインドやらをうろちょろ放浪し、

実に起伏に富んだニート生活を謳歌してきたわけなのですが、

1日のスケジュールとしては、大体2パターンに大別できると思います。

 

①意識高いニートモード

②意識低いニートモード

です。

 

①意識高いニートモード

 

5:00   起床

          瞑想とかヨガとか心身の健康維持活動

6:00  出発準備

6:30  出発

7:00  カフェ到着

    work or 読書

12:00 お昼ご飯

   別の店へ

13:00 work or 読書

16:00 店を出る

17:00  帰宅

   雑事を片付けるor読書

19:00  夕食

   入浴

20:00 読書

22:00 就寝

 

早寝早起き、1日10時間は読書や作業に費やすという、ニートらしからぬパーフェクトな1日です。

ちなみに働いてた時も大体こんなスケジュールで仕事してました(帰宅はもっと遅いけど)。

 

②意識低いニートモード

 

夜中  なぜか目が覚める

8:00  目が覚める(2度目)。そのまま3度寝へ

9:00     目が覚める。でも布団から出たくない

10:00 ようやく布団から出て活動開始

     紫外線が怖いのでとりあえず日焼け止めだけ塗る

     読書、たまに睡魔に襲われそのまま寝る

12:00 お昼ご飯(大抵、ポップコーンのみ or 納豆ご飯つけものコンボ)

    テレビをつけて特に観るべき番組がないことを確認する

12:30    将来に不安を感じながら読書

15:00 大抵この時間に睡魔に襲われ昼寝

17:00 本日何度目かという目覚め

     家事

    入浴

19:00 ご飯

20:00 寝室へ逃げる

    将来にかなり不安を感じながら読書。

   最終的には今この本を読んで何の役に立つのか疑問符が浮かびまくって

   本を読むのをやめることになる。

   かと言って他にやることも思いつかずネットサーフィン

0:00    そろそろ寝ようと思って電気消すけど昼寝したせいで眠れない

3:00 あらゆる催眠音楽を試しても効かず、ようやくこの時間に眠りに落ちる

 

 

特に実家に帰ってきた途端、高頻度でこのモードに陥ることになりました。気が沈みがち&やる気をなくしがちになります。こういう状態になったらぜひ早めに脱出したいものです。

 

そういえば、大学時代もこんな感じのスケジュールで過ごしていた気がします。

大学時代は本当に今思うとニート同然の暗黒時代で、性格もかなりネガティブでもありました。

社会人になって一転、前向きな性格に自分を改造できたのは、やっぱり早寝早起きの規則正しい生活の効果だったのかな、と実感します。

ここ数ヶ月意識低いモードで、

「なんか考え方が前みたいにネガティブよりになってきたかも・・・」

と危機感を抱いていたので、余計に。

 

 

今日から早速早起きを実践しているわけですが(それでもまだ起床7時半…)、

5:00起床に戻せるように頑張ろうと思います。

決意表明

決めた。

 

ニート生活に入り、はや1年が経とうとしている。

 

結婚予定だった彼氏と別れ、本格的に自分がニートだと自覚し始めてからは、約5ヶ月。

 

仕事をしようと思って、準備をしたり、チャレンジもしたりしたこともあった。

でも、すぐにやる気を失って、全部三日坊主に終わった。

 

そのうち好きなことが見つかって、お金も稼げるようになるだろう。

とりあえず今は、本を読むぐらいしか意欲が沸かないから、本でも読もう。

 

 

そんな感じで、就職活動もせず、かといって今後の食い扶持の糧についてプランを立てる訳でもなく、ただ本を読む以外は何もせず、だらだらと過ごしていた。

 

 

スピリチュアル系の本に書いてあった言葉を信じ、「とりあえず毎日良い気分で過ごすようにすれば、きっと何かアイデアが浮かんでくるはずだ」と思っていた。

 

 

でも、あんなに好きだった読書も、2ヶ月ほど経った頃から読書欲の減退を感じるようになった。

 

「良い気分」を維持するためにやっていた瞑想や運動も、いつのまにかやる気を失ってしまった。

 

 

もはや「良い気分」を維持することさえ困難になった。

思考のほとんどが、将来の不安に占拠されるようになってしまった。

 

 

勤労意欲もないのに通うハローワーク

奨学金の返済猶予手続き。

国民年金の免除申請。

収入は1円もないのに払わないといけない住民税(前年の所得に対し課税される)。

 

 

収入さえあれば、こんなことに頭を悩ます必要もないのに。

悔しかった。

なんで私はいまだ無職をやってるんだ。

「絶対後悔しない」と言って決意した、退職という選択を、思わず後悔しそうになってしまう自分がいる。

 

 

「好きなこと」が自分の中に浮かんでくるのを待っていた。

うまく、早く、たくさん稼ぐには、「好きなこと」をするべきだと、何十冊と読んだスピ本から教えられていたから。

 

でも、ニートになって1年が経とうとしている今、

「好きなこと」はいまだ、私の元に来ていない。

 

 

最初の半年は絶好調だった精神状態さえ、ここにきて塞ぎ込みがちになっている。

 

 

多分、私の場合、何もしていないのに向こうから「好きなこと」なんてやってこないのかもしれない、

 

 

そういう境地に今日、たどり着いた。

 

 

多分、私の場合、現段階では、「好きなこと」とは、ふと思いつくものではなく、自ら見出していくものなのだ。

今、自分にできる範囲の仕事をやりながら。

 

 

だから、今まで、少し試してはすぐに投げ出した仕事も、

とりあえずやり続けてみよう。

 

 

前みたいに、三日坊主でやめてしまうこともあるかもしれない。

その時は何度でも再開すればいい。

 

 

特に、「好き」な仕事でなくても。

0.1%でも好きであればそれでいい。

少しでも興味があるのであればそれでいい。

やってて気分が沈まないんであればそれでいい。

 

 

何もしていないことは意外と辛いということが、骨身にしみて実感できた。

とにかく、やってみる。今この瞬間から。

アーユルヴェーダ体験記@インド【3週間の軟禁生活】【2○年分のデトックス】

 

さて、前回の記事で南インドのジャングルにある病院にたどり着いた私ですが、

 

これから3週間、この病院で軟禁生活を送ることになります。

アーユルヴェーダを受けるためにね!

 

(アーユルヴェーダとは:インドで発祥した5000年の歴史を持つ伝統医学(世界最古らしい)。主にオイルを使ったマッサージや、投薬など様々な施術により体内のデトックスをすることができる。

 

なんでそもそもアーユルヴェーダを受けようと思ったかという話

 

私、大学生ぐらいから、身体のなんかしらのトラブルにより、2ヶ月に1度は病院通いが習慣の人でした。

 

近所にあった山田クリニックとか、何度通ったかわからないほどですよ。

木曜午後だけイケメンの息子医師の診察なんで、月曜にカゼ発症しても、

イケメン医師とのワンチャンを期待して木曜午後まで粘ってましたからね。

(結果として、病院に行くまでもない状態に回復して本末転倒ってね。)

 

社会人になりたての頃は、さすがにそんな頻度で病気になって仕事休むわけにもいかないと思い、

行きつけの漢方薬局で

「免疫力向上!」

って謳われてたスッポンマムシの粉末を常服してました。

(職場で話したら100%笑いが取れる鉄板ネタだった)

 

ここ数年は自分で色々サプリを試したり、食生活を変えたりしたこともあり、

以前ほど頻繁に病気になることはなくなったんですが、

それでもやっぱりなんだかんだいろんなところに異常が出て、2ヶ月に1度が3ヶ月に1度になった程度。

いろんな病院行きすぎてもはや診察券コレクター

(内科・歯科・神経外科・泌尿器科・婦人科などなど)。

 

そんな折に耳にしたのがアーユルヴェーダ

身体中のデトックスをすることで、心身ともに劇的に調子が良くなるとのこと。

病院に行っても治らなかった原因不明の不調とか、人によっては糖尿病なんかの難病が治ってしまうこともあるのだとか。

 

そんなに変わるんだったら是非とも受けてみたい!

と思って次の夏休みにでも受けようという予定でいたんですが、

 

何の因果か、本物の夏が来る前に人生の夏休みに突入してしまったので、

これを機会に受けることにしたんです。

 

 

 

 

 

 

 

さて、実際にアーユルヴェーダでどういう施術を受けたのかについて、ここで面白おかしく詳細に書くことは、アーユルヴェーダの良さを毀損してしまうようなきがするので、あえて書きません。

(というか、施術自体は「超気持ちよくて天国~」みたいな感想しか出ないほど素晴らしすぎたので、面白ポイントがあまりない)

 

代わりに、いかに優雅なプー太郎生活を送っていたか、とある1日のスケジュールをここにご紹介します。

(社畜のみなさんの嫉妬ウェルカムです。)

 

7:00 起床

7:30 朝食

8:30 ドクターによる問診

9:00  全身オイルマッサージ。天国。

10:00 フェイスパック

11:00 シャワーを浴びて顔についたパックを洗い流す

11:30 部屋の掃除に来てくれたラクシュミさんとカタコトの英語で世間話

12:00 昼食(おかずが7品ぐらいあって豪華)

13:00 ヘッドオイルマッサージ。気持ち良すぎて昇天、寝る

14:00 川沿いのベンチに腰掛けインドの大自然を満喫

15:00 チャイでお茶

   クッキングクラスに参加(ただ見てるだけ)

16:00 ヨガクラス。イケメンインド人とおしゃべり

17:00 イケメンインド人の隣席を確保して臨む瞑想クラス

19:00 夕食。イケメンインド人とおしゃべり

22:00 シャワー&明日にイケメンインド人との再会にキャッキャしつつ就寝

 

 

こんな感じの優雅な日々が3週間続きました。天国です。

 

 

 

 

 

 

さて、3週間もアーユルヴェーダの治療を受けて、

その効果が気になるところだと思いますが、

自分は次の3つが特に大きく感じた変化でした。

 

 

①あんなに固かった首と肩がぐにゃんぐにゃんに

②免疫力が高まった

Before3ヶ月に1回カゼ

 →After:この半年、カゼを引いたのは1回だけ)

③心境の変化

 

ここで③について特に説明させていただきますと、

アーユルヴェーダ体験者の話を読むと、

「精神が安定して、あまりイライラしなくなった」

とか、

「うつ病が治った」

みたいな話を目にします。

 

一見、やってることは身体へのアプローチなアーユルヴェーダですが、

どうやら精神にもいい変化を及ぼすようなんです。

 

で、私にも起きました、この変化。

 

 

 

それはアーユルヴェーダの病院を出て間もない頃。

安宿で朝を迎えた私は、ふと腰に違和感を感じました。

 

かゆい。

 

鏡で見てみると、ダニに噛まれたと思われる痕跡がありました。

 

それまでの私なら、部屋を変えてもらうよう宿に交渉するか、

速攻で宿を移るところなんですが、

 

アーユルヴェーダを受けて心身ともに生まれ変わった私は、こう思ったのです。

 

「無職で今現在まったく世の中に貢献していない私でも、

血を提供することで、一つの命に貢献できている…!

なんて素晴らしいんだ!!」

 

生きとし生けるものへの愛。

気高き利他精神。

セルフ赤十字献血運動。

 

これが、アーユルヴェーダで得ることのできた、

最も大きな果実であったと思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

まあ、翌日からその宿のベッドでは、

 

防ダニスプレーを全面にシュッシュ

+据え置き型防ダニグッズ

+虫除けスプレー全身

+ダニ侵入防止のためビニールシートをシーツの上に

+防虫シーツにくるまる

 

って完全装備で寝ることにはなったんですけどね

 

 

 

アーユルヴェーダ病院を出た後の話は、次回に続きます!

ついにインドに到着!入国カードに書いた○○が問題に/所要距離2cmの病院にたどり着くまで

 

20166月、関空を飛び立った私はインドの地を踏みました。

実は学生時代に一度インドには行ったことがあり、約5年ぶりです。

 

最初に降り立った場所は南インドのケーララ州にあるコーチン国際空港。

通常、日本からインドに行く場合大体の人がデリーinだと思うのですが、

私はある目的を果たすため、ここコーチンへはるばるやって来たのでした。

 

超久しぶりのインドのイミグレ(入国審査)。

私の頭には一つの懸念が浮かんでいました。

 

それは、

 

「帰りの飛行機のチケット見せろって言われたらどうしよう

 

というものでした。

ええ、もちろんインドに6ヶ月の観光ビザを申請した際に、必要書類の一つだったので出国のチケットは既に確保してはいるんですけどね。

 

いつも旅の準備だけは万端型の私に限って、

印刷してないんですよ。

もちろん、我が愛機・型落ちiPhoneにはバッチリデータ入ってるんですけどね。

 

ただ、印刷してたら、

係員の人から見せるように言われた際スッと出せるんですが、

iPhoneだとちょっと手間取ったりするじゃないですか。

データ入ってるアプリの立ち上げやらなんやらで。

勢い余ってiPhoneを床にダイブさせちゃったりするとか

諸々のトラブル発生が予想されます。

 

そのちょっとしたタイムラグで、怪しまれたらどうしよう

 

何しろ今、住所不定無職だし(住民票抜いた)

 

そんな、ニート生活にも慣れて来た今考えると

超どうでもいいことを考えながら、列に並びいよいよ私の番。

 

 

 

 

係員は幸いにも、

 

君、出身は南インドだよね?

 

と一発で当てられちゃう感じのコテコテの南インド人

 

日本だと沖縄みたいな南国の人って「陽気でユルそう」っていう勝手なイメージあるじゃないですか。

 

インドなんて日本から見たらただでさえ南にあるわけで、

南インドなんてその最たるものですよ。

 

そんなわけで、

コテコテの南インド人ルック+

早朝にもかかわらずニッコニコの笑顔

を浮かべていた係員のおっちゃんを見て、

 

私の入国審査についての不安も「なんくるないさ~」

って感じで消え失せたわけなんです。

 

 

そういうことで、時間がかかることで有名な入国審査も鼻歌気分で眺めていたんですが、

ふと、係員のおっちゃんが何か問いたげな感じで顔を上げるのが目に入りました。

 

フフ、出国チケットならバッチリ用意してあるぜ

 

待ってましたとばかりにiPhoneのホームボタンに素早く指を重ねた瞬間、

おっちゃんはこう言いました。

 

「これは何だ?(英語)」

 

おっちゃんは入国カードの「滞在先」の欄を指差していました。

 

 

///

 

 

 

私は機内の中での自分の行動を思い返していました。

 

入国カードが配られ、はて、どうしたものかと滞在先の欄で筆が止まったところ。

ここには最初に泊まるところ(もしくは主たる滞在先)の名前を書けばいいのですが、私の場合は病院です。

この時私は観光ビザを用意していますが、滞在先が病院の場合、医療ビザみたいな特殊なビザでないと入国でゴタゴタするリスクがありました。

 

ここは普通の旅行者よろしくホテルの名前を書いた方が安全パイです。

ところが、いつもなら滞在先名を書くのに参考にしている地球の歩き方が手元にありません。

「インド2回目だから、今回はいらないよね♪」

とインド玄人ぶって購入を見送ったのが痛恨のミスでした。

 

別にインドによくありそうな「Shiva guesthouse」みたいな名前を書いてもいいわけなんですが、変に日本人の美意識が働きまして、架空の名前を書くというアイデアは×

 

そこで開いたGoogleマップ。

オフラインの状態でも唯一名前が表示されていた、空港付近のホテルがこの、

 

Dream Kochin

 

だったんですよね。

 

 

入国審査の場で、改めてその名前を見て気づいたんですが、

これ、ぱっと見ホテルってわかんないし、

 

ホテルだとしても、何つうか、ほらあのアレ

新宿なら歌舞伎町辺りにあって、

我が子が「ママ~あのお城みたいなの何~?」って聞いてきたら返答に困っちゃう、

大人の男女がひっそり行くとこのアレですよ。

(ここまで言えば、わかるよね?)

 

 

インドにも同じような施設があるのかどうかはわかりませんが、とりあえず、

義務教育6年でもぎ取った英語力の限りを尽くし、

 

イッツホテル!イッツホテル!

 

と説明し、係員のおっちゃんは不敵(に見えた)な笑みを浮かべつつも納得してくれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というわけで、入国からなんともインドらしいハプニング(?)に見舞われたわけなんですが、

荷物を引き取ってゲートを出た私には、さらなるインドらしい展開が待ち受けていました。

 

 

病院から空港までの迎えを頼んでたんですが、

その迎えのオッサンが掲げていた紙が、コレ。

 

Welcome!

    Sudaji Tanaka

 

 

ご存知、私の名前はすだちなんですが、

それが「スダジイ」になってました。

 

 

一応、アラサーとは言えまだピチピチの20代で、

特に須田さんとの結婚予定もない独女なんですけどね。

 

 

なんともインドらしい歓迎に頰が緩み、

その後ルピーを下ろすために立ち寄った空港のATM

さっきまでの「なんくるないさ~」スタンスに翳りが見えつつも、

3台並んでたATM中、2台がぶっ壊れていた)

 

 

病院の車に無事乗り込んだ私は、既にインドを満喫していました。

 

ああこの感じ、来て良かった。

 

 

 

ちなみに、目的地の病院までGoogle先生のマップを見た感じわずか2cmで、

 

「もし迎えの車が来てなくてもいざとなれば歩ける」

 

と思い、それがこの病院に決めたポイントの一つでもあったんですが、

車で走ってみるとそれが単なる縮尺の気まぐれであったことに気付きました。

 

思ったより、なかなか着かない。

しかも、Google先生が言ってたのより、ぜんぜん道が複雑。

 

この、「Googleマップと現実との落差」に、

今後私は何度も悩まされることになります。

が、それはまた別の話で。

 

 

そういうわけで、日本を発って約18時間、

ようやく目的の病院に到着しました。

(リゾートをイメージしてたのが、思ったよりジャングルだった。)

 

ここで私はある治療を受けることになります。

 

その話はまた、次回以降のブログで!

仕事辞めてとりあえずインドに行くことになるまでの話

「インドに一人旅」

 

と聞くと、

 

「あーこいつ、自分を探してる系の人なんやな」

 

って思いますよね。

 

私すだちもその例に漏れず、昨年、職業:自分探し@インドの仲間入りを果たした次第です。

 

 

 

 

インドに行くことになったきっかけは、昨年の春に遡ります。

その日私は自分休暇を取得し(まあ仮病を使って職場を休むあのアレです)、自宅の布団の中で今後の身の振り方をうんうん考えていました。

 

職場でのストレスのあまり、

自分が心身ともに

トライアスロンに初めて挑戦し大後悔ツイートしてるサラリーマン

みたいな感じだったので、

この日私は初めて、あと1年は働くつもりだった職場を明日にでも退職することを考えていました。

 

まあ辞めるのは簡単ですが、問題はその後の生活です。

この時は、翌年には当時付き合っていた彼氏の住む海外に移住できる予定でいたので、移住までの約1年の生活費の問題をどうにかする必要がありました。

 

私は「自己投資」と称し、給料のほとんどを旅行と引っ越しとヤケ酒代わりの高級ポテチ389円に費やしていたので、アラサーにして貯金がほとんどないっていう状態でした。財政的には「『最低でも年収1000万の男性と結婚』希望・貯金ゼロ年収200万・派遣社員アヤノ趣味は料理29歳」と同等レベルです。退職金は出るっぽいけど、いろいろ税金とか払ったら1年暮らしていくのには心ともない額。

 

そこで、すと、自分の中に浮かんできたイメージが、学生時代に旅したヒマラヤの山々でした。

そうだ、ネパールでなら生きていける・・・

私はネパールで泊まった宿の値段を思い出していました。

ヒマラヤ山脈を望める絶景のロケーションで1200円。食事代を入れても1500円もあれば十分に生活できたはず。1ヶ月だと15000円。

 

実家に帰る、という手もありましたが、どうせ移住するから、日本の年金とか払いたくない。でも日本で生活するなら健康保険はないと心配。調べてみると月々の健康保険料はネパール1ヶ月分を大幅に上回る。

 

 

そういうわけで、翌月には上司に退職届を提出し

(退職届の中の漢字間違えてて上司に書き直しを命じられるタイプの最後までダメOLやった・・・)、

 

 

ネパール行きを決意した日からわずか3ヶ月後、私はインドの地に降り立っていました。

 

 

あんだけネパール行くつもりだったのになぜインドになったのかは、これはもはや大国インドの神秘としか言いようがありません。気付いたらインドでした。

 

一応行く前に、

インドマレーシアタイラオスネパール

みたいなルート計画を立ててて、まあこの時点で「あれネパールのプライオリティ最初よりだいぶ下がってない?」感はあるわけですが、

Facebookでもドヤ顔で「自由人になった私の今後の計画」を宣言してました。

が、実際は

 

インド日本インドインド

 

で、ネパールのネの字もクソもない結果となりました。やるやる詐欺もいいとこですね!

 

 

そんなインドでどんな経験をしたのか、

果たして自分を見つけることができたのか?

 

については、また次回の記事で書きたいと思います。

運転=人生終了と思ってた人間が免許を取れば人生変わるのか?(実験してみる)

こんにちは。

今日も部屋の大掃除、そろそろ職業:清掃員を自称してもいい気がしてきたすだちです。

 

 

さて、目標は公言しないという数日前に書いたブログ記事は脇に置きまして、

私には2017年になってまず取っ掛からなければいけない目標があります。

 

 

 

 

 

それは、

 

自動車普通免許を取ること

 

です。

 

 

都会に住んでいたらわからないと思いますが、

この自動車普通免許、

田舎で「持ってない」と言うと

 

「自分の名前が漢字で書けない」

と発言したレベルでドン引かれます。

 

大丈夫?生活できる?

ってやたら心配されます。

 

車がないからニシオカ(地元のスーパー)でキューキュッパ(9980円)だったチャリでここまで来たよ、

たった30分だったから余裕だよ(お遍路経験者的に30分は大したことない)、

 

って言うと、さらに友人たちの同情を買うようで、

チャリごと自宅まで乗せてってくれる菩薩まで降臨します。(田舎の人はみんな親切説は本当だった)

 

 

 

 

 

そんなわけで、自動車普通免許を持っていない大人は、

ここでは半人前扱いなのです。

 

 

 

そんな田舎で生まれ育った私ですが、

「自動車の免許は絶対に取らない」

と学生の頃から固く心に誓っていました。

 

 

東京まで出たのも、

「車の免許がなくても普通に生活できるから」

というのが割とガチで大きな理由の一つです。

 

 

大学時代に、特に地方出身の友人たちが次々と免許を取得し、

大人の階段を登っていく中、

 

私は

 

「運転免許は取らないって決めてるんだよね!(ドヤ顔)」

「顔写真付き証明書は、住基カードあるから大丈夫って知ってた?(ドヤ顔)」

今は住基カード廃止されてるから使えない・・・)

「自動運転の時代があと5年ぐらいで来るから!(ドヤ顔)」

 

と堂々と「無免許を貫く私」というアイデンティティを確立していました。

 

 

なんでそこまで無免許にこだわってたかと言うと、

10代の頃に起きた2つの事件が原因です。

 

 

 

 

 

 

事件その①:山田先生が事故を起こして仕事を辞めることになる

 

小学生だったある日、母親から、通っていた幼稚園の山田先生(仮名)が死亡事故を起こして仕事を辞めることになった、という噂話を聞かされました。

私にとって衝撃だったのは、山田先生が死亡事故を起こしたことではなく、

「死亡事故を起こしたら仕事を辞めなければいけないんだ」

という事実でした。

 

話を聞くと、山田先生は信号無視で急に飛び出してきた歩行者を跳ねてしまったようで、正直彼女は悪くないんですよね。運が悪かっただけ。

でも、ルール上、車より歩行者の方が上なので、彼女は責任を取らなければならない。

 

それでも仕事まで辞めなければならないということはないと思うのですが、

保守的な田舎ですし、すでに卒園した私にまで噂が届いてしまうぐらいなので、職場に居づらくなってしまったのでしょう。

 

直接担任になってもらったことはなかったものの、割と好印象だった先生が車を運転して居たばかりに仕事を辞めることになってしまった。

当時はリストラの嵐が吹きまくっていた時代で、クレヨンしんちゃんにさえリストラのエピソードが出てくるような時代でした。

そういうわけで、「失業」というのは「人生終わり」、死にも等しい出来事として、小学生のすだちに刷り込まれていました。

 

山田先生の話は、

「車を運転することは人生終了になりかねない非常にハイリスクな行動である」

という考えとして、強烈に自分の頭にインプットされてしまうきっかけとなったのでした。

 

 

事件その②:16の頃に1年間で3回事故に巻き込まれる

 

これは自責・他責含めてです。

 

まずは坂道を勢いよくチャリで下っていたところ、対向車と接触事故を起こし①、

その数ヶ月後、車のドアを開けたところ通行人に当たり骨折させてしまう②、

最後に、親の車に乗っていたところ後ろから追突される③

 

ということで、約1年の間に3回、事故に遭遇しました。

どれも自分が怪我をするような事故ではありませんでしたが、

すでに事件その①で芽を出していた「運転への恐怖」を増幅させるのには十分で、

 

「まだ車を運転してもいないのに、こんなに事故が起きてしまうなんて、自分がもし運転するようになったらもっとひどい事故を起こすに決まっている。運転免許は絶対に取らない。」

「運転免許のいらない場所へ行こう」

「そうだ、東京、行こう。」

 

という展開になったわけなんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな私が、今回運転免許を取ることを決意したというのは、

自分的には割とエポックメイキングなことで、

 

まあもちろん、都会で優雅な生活を一生送るつもりが、

電車通ってない/バスは1時間に1/市街地までのバス往復料金が東京-大阪間の格安高速バスより高い

っていう田舎に舞い戻ることになったから仕方なく、というのも理由の一つなのですが、

 

車の免許を取れば

 

より自由になれる・・・①

&自分の自信にもなる・・・②

 

と思ったからなんですね。

 

 

①については、単純に

ちょっとした買い物や市街地への外出が自由にできるようになる、

というだけでなく、

 

・日本中を車で回る

・東京で車上生活

・昔からの夢だった、アメリカのルート66を車で回れる

・世界を車で一周

・オーストラリアにワーホリ行った時、車があれば仕事が探しやすくなる

 

パッと思いつくだけでもこれだけやりたいことが生まれてきます。

車を運転できるようになれば、夢・人生の選択肢の自由度が広がるのです。

 

 

②については、

車の運転なんて「自分の人生で絶対無理なことリスト」の一角を占める存在だったわけなんですが、

その一つに取り組むというのは、自分のリミッターを外す(=限界を越える)ことになって、

ひいては自分の自信になるかなと思いました。

自分のことが嫌いで自信のない人経験者としては、自信は自分の人生を進んでいく上で間違いなく必要なものです。

 

思えば前職時代、副業でAirbnbをやるというのは、最初は間違いなく「絶対無理なことリスト」の一つでした。

それでも自分の「現状維持派すだち」に打ち克ち、挑戦してみたことで、結果的には「自信」を含めさまざまな果実を得ることができました。

ここで得た自信は、次のステップ、「仕事を辞める」という決断をすることにおいて間違いなく大きな役割を果たしたと思っています。

 

 

多分、単に「絶対無理」としか思えない段階で挑戦してみてもダメで、

「絶対無理だけどやってみたい!」という、達成することへの希望・メリットが見えてきた段階で挑戦することが大切なんだと思います。

 

「車の運転」

については、まさに今後者のタイミングだと思うので、

アラサー無職の独身女が学生だらけの免許合宿で浮きまくることを覚悟の上で

免許取得に挑みたいと思います。

 

運転したら人生終わると思っていたニートが、

運転免許を取ったら人生変わるのか?

 

結果をお楽しみに。

 

そんな感じで決意に震えながらもなんだかんだ自動車学校への予約TELを先延ばしにしている木曜の正午です。(電話苦手)

12年と5ヶ月前の自分に会う方法

こんにちは。

相変わらず実家のゴミと格闘しているすだちです。

 

先ほどようやく10年の押入れ生活から生還した古着共を部屋の外に追い出すことに成功しました。

(冬なのに汗書いた・・・)

 

 

 

 

 

さて、タイトルに書きましたが、みなさんは時々、

「昔に戻れたらな~」

とか、

「あの頃は良かったな~」

みたいに、

懐かしの昭和again的な感じで昔の思い出に浸りたくなる時がありますよね?

 

たとえば12年前の自分とかね。

(わたしの場合、中学生)

 

 

 

そんなあなたの月に1度のノスタルジーモードをさらに面白くする方法があります。

 

それは、

ダッシュで実家に戻って、自分の部屋の片付けをすることです。

(タイムマシンで12年前にワープして~みたいな夢のある方法じゃなくてすみません)

 

 

するとあなたは、好きだった子に出そうとして出せなかったラブレターの下書きだとか、

不思議な形のピースで写っている修学旅行の写真などに出会うことができるでしょう。

 

 

 

私すだちも、12歳から16歳ごろまでの自分の片鱗を日々発掘し、

驚きの日々を送っております。

 

 

 

特に驚きなのは、自称黒歴史、意識的に記憶の想起を封印していた中学時代の自分です。

 

 

 

当時は友人から「悪口専門店」と言われたほどネガティブな人間だったこともあり、

日記は誰かについての悪口や愚痴のオンパレード。

あまりにネガティブすぎて、ポジティブ派に改宗した現在、見るに耐えません。

 

正直当時の自分と今の自分はあまりに違いすぎて、全く別の人間という気がします。

 

 

 

 

 

 

一番驚いたのは、完全に記憶の箱から消されていた事実に出会うこと。

 

 

たとえば、なんか12年と5ヶ月前のわたし、山田くん(仮名)のことが好きだったらしいんですよね。

もう本人としては衝撃の事実。

なにしろその山田くんとは、中学卒業後、20歳ぐらいの時に1回会ってるんですが、

「エヘヘ、すだちさん、今度デートしてよ」

っていう「エヘヘ」から感じる冗談なんだか本気なんだかよくわからなかった彼の申し出を華麗にスルーしてますからね。

12年5ヶ月前のわたしがその場にいたら、先日我が家から発掘されました、「第23回駿台模試 数学I・A」でハタチの自分をスパーン!とやっていたと思います。

 

12年5ヶ月前のあの頃、怒涛の勢いで恋愛相談していた隣の席のマミちゃんに申し訳が立たないってね。

(今考えると、マミちゃんはすだちの専属恋愛カウンセラーと化した学校生活にウンザリしていたんじゃないかとも思う。)

12年5ヶ月前のわたし的には一世一代のBIGチャンス、それをみすみす逃すなんてね。

 

 

ハタチの自分にツッコミを入れたい気分です。

わずか数年で恋する気持ちを忘れちゃうような淡い青春しか送ってなかったのかよ?とね。

 

もはや記憶になさすぎて、

わたしが山田くんを好きだったという過去は実は存在してなくて、

この大掃除のタイミングで新たに誕生した過去なのではないか量子学チックに

 

みたいなわけのわからないことを考えながら、

思い出の山と向き合う日々を送っています。

 

 

 

わたしが実家に帰ってきたのは、実は実家をきれいにするためじゃなくて、

自分でも忘れていた過去を受け入れるために帰ってきたんじゃないかという気がしています。

 

人の悪口ばっか言ってた自分も自分だし、

山田くんを好きだった自分も自分。

 

封印していたゴツゴツの「自分」を思い出し、

受け入れていく作業、

これがこれから前に進んでいくためにも必要だったんだろうな

 

そう思いながらinstaライクな夕日を眺める冬の日です。

20年分の断捨離したら何かが変わるか?【実験中】

 

実家に帰ってきた無職ニートのわたしですが、

(働きもせず)ひたすら実家のゴミと格闘する日々を送っています。

 

 

 

うちの両親は典型的な昭和の消費観を持ち合わせておりまして、

とにかくモノを溜め込む、

そしてモノを断捨離する習慣を持たない種族の人たちです。

 

外へ出かけて目についたパンフレットは読みもしないのにとりあえず持ち帰り、

 

お店でもらった紙袋やショップバッグは「何かに使えそうだから」

(何かって、何!?)という理由でとりあえずストック。

 

父は特にモノを溜め込む傾向が強く、

趣味は古本屋や中古ショップ巡り、

彼の寝室は本で埋まっていて、何年も床が見えていません。

 

 

 

 

 

 

そんな彼らが住む実家は、わたしが7年離れている間にもはやゴミ屋敷一歩手前の状態になってしまっていたのでした。

 

 

わたしも昔はどちらかというとモノが捨てられず、

しばしば部屋の床がモノで埋まる汚部屋生活を送っていたのですが、

 

メンタルトレーニングで自分を変えてきた成果なのか、

現在は断捨離大好きミニマリストとなりました。

 

東京に住んでた頃の私物はスーツケース1つ分、

とまではいきませんが(本当はこれぐらいに収めたい)、

ダンボール3箱には余裕で収まる量です。

(引っ越し業者の方にも、「荷物これだけですか?」と驚かれるレベル)

 

 

ここ数年、モノが少なく常に清潔な部屋での生活を謳歌していたわたしにとって、

 

いらないモノであふれかえった実家で暮らすのはかなりのカルチャーショックかつストレスです。

 

どこもかしこもモノであふれていてスッキリとして

落ち着ける空間がなく、

しかも細かいところまできちんと掃除をしないので、カビが生えてとんでもないことになってる場所もあちこちにある。

 

「まずは家を大掃除しよう!」

 

と意気込んで取り組みはじめたものの、

どこから手をつけていいのかわからない。

 

 

 

とりあえず台所の食器棚から始めてみたんですが、

「もういらんやろ」

と判断してバブル臭のするティーセットを捨てようとすると、

家族から横槍が入る。

 

 

「それは親戚の○○さんたちが来た時に使ったやつなんだから、捨てないで!」

→○○さんたちが来たのは20年前の話なんですけど!?

(そしてこの20年、彼らはうちの敷居をまたいでいない)

 20年間使ってなくて、次に使う機会は多分来世だよ、

 ってモノまでうちの家族はキープしておきたいらしい。

 

 

モノに対する両親の価値観が理解できなさ過ぎて、

いちいち言い争いになってしまい精神がヘトヘトになりました。

 

ここ数年、疲れて昼寝なんてシチュエーションは全くなかったのに、

片付けをしていると心身ともに疲弊するのか、

3時間ぐらい経つと疲れて眠くなってくる。

 

 

 

そういうわけで、

「もう家をキレイにするのは諦めて自分の仕事に集中しよう・・・」

と思って現実逃避したりもしたんですが、

 

やっぱそういう時に限って

「まずは自分の身の周りを整えることから!」

みたいな情報が目に飛び込んでくるんですよね。

 

「あーやっぱり根っこの部分(=自分が住んでる家)がしっかりしてないと色々うまくいかないのかな」

 

と思って、先週からまた大掃除を再開しました。

 

 

再開にあたり、次の方針を立てました。

 

・まずは自分が使っていた部屋から取りかかり、自分の私物の処分から始める。

・自分以外のモノは無理に捨てないで、持ち主の判断に任せる。

・疲れを感じたらすぐに休む。瞑想したり、映画を観たりして心を落ち着ける。無理しない。

 

これにより、もはや苦行と化していた大掃除にも、リラックスした気持ちで、意欲的に取り組めるようになりました

今や、生活の中心は大掃除です。笑

 

1日だいたい2㎡ぐらいのスペース(勉強机2個分ぐらい)をスッキリさせるような感じのスピードでゆるゆるやってます。

 

嬉しいことに、キレイに片付いた食器棚を見た母が、

整理整頓の大切さに気づいたのか?

台所周りを自ら片付けるようになり、

 

家族一モノを溜め込む父も、

ついに倉庫の片付けに着手し始めました。

(もっとも彼の場合、断捨離というよりは、わたしの部屋から出た彼の私物を詰め込む場所を確保するためにやっているようですが・・・)

 

ああ自分が変われば周りも変わるって本当なんだな

 

とちょっと感動しながら、

 

今日も終わりの見えないゴミの山と格闘中です!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに最近、活動量計を購入しまして、

4000円と安価でありながら、いろいろ機能が備わっている優れものなんですが、

睡眠の質を計測する機能も備わっておりまして。

 

こちらのグラフをご覧ください。

 

f:id:jibun-development:20170103215244p:plain

 

白い線が全体の睡眠時間、

水色の線が、そのうち深い睡眠に入れた時間を示しています。

 

1/1(日)だけ、他の日より明らかに深い睡眠に入れていたことがわかります。

 

これ、単に新年だったからということだけが理由じゃない気がするんですよね。

 

この日、わたしおばあちゃんの家で寝たんですよね。

ちなみに祖母はわたしと同じく断捨離派で、家の中のモノは少なくスッキリとしています。

もちろんわたしが寝た部屋も、余計なモノのないシンプルな部屋です。

 

普段は床が本で埋まってる実家の寝室で寝てるんですが、ここで

 

もしかして

モノが少ない環境だと睡眠の質も良くなるのか?

 

という仮説を立ててみました。

 

部屋の断捨離が完了したら、結果を報告したいと思います!

新年の目標は公言しなければ実現するのか?実験してみる

新年ということで、「2017年の目標」をテーマにした記事が目につきますね。

 

わたしも、「1年の計は元旦にあり」という格言に従い、

立ててみました2017年の目標。

 

でも、それをこのブログ上で公言することはあえてしません。

 

それには、

 

夢や目標は、公言しないほうが

実現しやすくなるのではないか?

(自分の場合)

 

という自分の中での仮説があるからです。

 

 

目標を達成するには、

 

「周りの人に公言した方が、

自分に良い意味でのプレッシャーがかかって実現しやすくなる」

 

というのがよく聞かれる話ですが、

 

一方で、

 

「夢や目標はむやみに人に語らない方がいい」

 

という意見もたまに目にします。

自分はもしかするとこっちのタイプなのかな、と最近思ったんですよね。

 

 

なぜそう思うに至ったかという話について

 

 

昨年、仕事を辞めた後、わたしはFacebookで退職報告とともに、

「2016年今後の目標」をアツい思いを込めて書き込みました。

もちろん、「目標は公言した方が実現する!」という言葉を信じての行動です。

 

具体的に書いたのが、次の内容。

 

①まずはインドに行く

②自力で稼ぐ力をつける。

 クラウドソーシングやブログ、投資で稼ぎながら旅をする、夢の海外ノマド生活

③ネパールでヒマラヤトレッキングして心身を鍛える

④マレーシアで海外ノマド生活

⑤タイで海外ノマド生活

⑥ラオスで海外ノマド生活

⑦彼氏と結婚のため、海外移住

 

蓋をあけると、ちゃんと実現したの①だけですからね。
②〜⑦は見事に実現しませんでした。完全にやるやる詐欺です。笑

ちなみに、②以降はこうなりました。
 
②日本に帰国し、お遍路逆打ち達成
③彼氏にフラれて移住の話がご破算に
④ヴィッパサナー瞑想合宿へ参加
⑤過疎地の実家に戻る
 
当初の予定と比べるとだいぶ大番狂わせですが、
 
これはこれでまあ、ありかな、と自分的には結果を受け入れています。
 
が、最初にFacebookで目標を発表したとき、
結構期待して応援してくれた人もいっぱいいたのですが、
そういう人たちの期待よりトーンダウンした結果になってしまったかな、
という気持ちは正直あります。
 
特に「彼氏と結婚」の部分に関しては、お祝いをいただいたりすることもあったので・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
この経験から、自分は次のことを学びました。
 
「予定は未定。人生何が起こるかわからない。
 目標は変わる。」
 
 
変わってしまうかもしれない目標を公言し、人の期待を裏切ってしまうくらいなら、
何も公言しない方がいい。
 
 
これからは、
 
「やるつもりのこと」
 
 を宣言するのではなく、
 
「達成したこと」
 
 を宣言していこう。
 
 
というわけで、
 
公言してないすだちの新年の目標は
果たして実現するのか?
 
 
実験結果は1年後にブログで報告したいと思います。
 
 
 

人生どん底・無職ニートは人生変えられるのか?

はじめまして、すだちです。
 
キリよく新年からブログを始めてみた新参ブロガーです。
(実はブログを開設しては挫折し、を繰り返していて、ブログに挑戦するのはこれで3度目なので、正確には「ブログを再開した」になります笑。)
 
タイトルからお分かりの通り、本ブログのテーマは、わたしの

「どうすれば自分を変え、人生逆転できるのか?」

についての実験記録です。

 
 
現在、わりと人生の底にいます。
 
 
 
一生安定・マッタリ高給を求めて新卒で就職した職場は
仕事に熱意を持てず人間関係に悩んだ末、鬱っぽくなり3年で辞め、
 
クラウドソーシングで稼ぎながら海外暮らし・海外ノマド生活を試みインドへ渡るも、
ものの1週間で労働を諦め、
 
この半年間貯金を食いつぶし続けるニート生活、
 
3年働いたけど特に成果も出さず堂々のノースキル、
勢いで坊主にしたせいでバイトの面接すら通るか危うい笑、
 
頼みの綱の彼氏とも別れそう(海外移住するつもりで色々あてにしていた)、
 
ほんの数ヶ月前まで東京の表参道に住んでたのに、
先日、コンビニまで徒歩1時間・陸の孤島にある実家へ舞い戻り、
 
現在、都会生活とのギャップと、両親との価値観のあまりの違いに
気を緩めるとまた鬱っぽくなりそうな
 
 
 
アラサー独身女です。
(ついでに、この記事と並行して3000字ぐらいの記事を書いてたんですが、先ほどコピペをミスって全部消えました・・・笑)
 
 
 
客観的に見たらどうしようもない状況ですね!
数年前の自分だったら自殺を考えてます。笑
 
 
 
 
そんなわたしですが、
夢だけは大きく、成功者になることが目標です。
 
 
ここ数年、メンタル強化に励んできた甲斐もあり?
 
やっと自分の人生、
とある起業家のサクセスストーリーっぽくなってきた!
 
いよいよ人生おもしろくなってきたぜ!
 
 
 
と無理矢理ポジティブを発揮し、日々生きてます。
 
こういう状況から、
いかに自分を変え、
人生を変えて成功するか?
 
 
このブログでその様子を報告し、
また学んだことをシェアすることによって、
世界のどこかの誰かのお役に立てたら、と思います!
 
 というわけで、今後の展開に乞うご期待ください!!